ザ・ハーダー・ゼイ・カム/レゲエの原点
映画『ザ・ハーダー・ゼイ・カム』のサウンドトラック(マーキュリーPHCR4762)
■テメエらこそが、やられるぜ

 レゲエでは知られた、ならず者の歌である。
 この歌の元となった男は、ジャマイカでは知られた脱獄囚だった。
 警官を殺し、砂浜で蜂の巣にされるまでの半年間、男は街をかけ山にこもった。
 男の名前はヴィンセント・マーティン。別名「ライジン」。あるいは「真夜中の大将」。「勇肌(いさみはだ)のアラン」とも、男は名乗った。
 現世利益(げんせりやく)に徹した、いっぽんどっこの三度笠。「義理」も「人情」もない。喧嘩腰で容赦がない。やられたらやりかえす。
 ライジンはこんな南洋の悪党だったといわれている。
 実在したライジンが警官隊に射殺されたのは1948(昭和23)年のこと。24年後、彼の短い人生を下敷きにした映画が作られる。それが『ザ・ハーダー・ゼイ・カム』(72年)である。
 潤沢な予算をつぎ込んだハリウッド映画とは対照的に、『ザ・ハーダー・ゼイ・カム』は役者のほとんどを現地調達した低予算フィルムだった。しかし、何も着飾ることのない生々しさが、逆にジャマイカ社会を、そしてその社会から生まれた「レゲエ・ミュージック」の素顔を見せつけることともなった。
 レゲエはカリブ海のジャマイカに生まれ、70年代の後半から世界の注目の的となった音楽である。映画『ザ・ハーダー・ゼイ・カム』はそのレゲエの勃興(ぼっこう)期をジャスト・ミートでとらえ、背後に隠れた奴隷制以来の黒人の苦悩と、これを跳ねのけようとするエネルギーとを描き出すことに成功した映画だった。
監督はペリー・ヘンツェル、同名のタイトル曲は、主人公役のジミー・クリフが歌った。
ジミー・クリフのテーマ・ソングも、この映画にぴったりの作品だった。
 引き締まったバックの演奏は小気味よく、高音ですらりと伸びるクリフの声が的確に言葉をリズムに乗せてゆく。歌のたたずまいには、たれ込めた雲が裂け太陽が輝き始めたような爽やかさすらある。
 ならず者がテーマであるにもかかわらず、歌は男の実像を越えて聞こえるのである。
 一人の男と警察隊のイタチごっこという現代の活劇は、大いに受けた。だが、主人公が死にいたるまでに破壊し、飛び超えた「壁」とは、警官隊が主人公のために町に張った非常線だけではない。そう暗示させるクリフのきっぱりとした歌い方が、「ザ・ハーダー・ゼイ・カム」を高い次元にまで持ち上げている。
 高い次元とは、「反抗と抵抗の歌」としてのレゲエである。
 嘆いてなんかいられない。俺たちを苦しめているのは誰なのだ。
 攻めてこいよ、テメエらこそが、やられるぜ。
「ザ・ハーダー・ゼイ・カム」は、そんな新しい音楽の登場を告げた1曲だった。
■ちっぽけな商売はガラじゃない

 映画『ザ・ハーダー・ゼイ・カム』は、クリフ本人が書いた歌を中心に置き、物語が進んでいく。
 主人公の名前はアイヴァン・オー・マーティン。この名前はライジンが実際に使っていた、もう一つのニックネイムだった。
 アイヴァンは歌手をめざしている。
 アイヴァンは、田舎からなけなしの金を握りしめてキングストンへやってきた。ジャマイカの首都、キングストン。生き馬の目を抜くキングストン。彼は、全財産を盗まれる。
 物乞いの生活が始まる。ようやく見つけた住み処(すみか)は、行き場のない子どもたちを預かるスラムの教会だった。彼はそこで傷害事件を起こす。教会を追い出される。
 アイヴァン、教会でひっかけた少女と生活を始める。二人の所持金はやっとのことで実現した録音で得た「はしたガネ」だけである。アイヴァンはしかし、それも自分の衣服や遊行に費やしてしまうのである。いっぽう、妻となった少女は毎日の職探しにへとへとだ。
 文無し、けれどカッコだけはつけたい「スター気取り」のアイヴァンに、マリワナの密売人が「仕事」を紹介してくれる。上質なマリワナが大量に生産されることで知られるジャマイカである。アイヴァンの役目はこのマリワナを山間の村から搬送し、キングストンの下町で売りさばく下働きだった。
 だがアイヴァンは、この「ちっぽけな商売」にガマンがならない。俺は「ビッグな男」になるためにキングストンにやってきた。どうせやるなら、一発逆転、でっかくアメリカとの取り引きがしたい。アメリカは、ケチなジャマイカなんぞよりどれほどビッグな市場であることか。彼は密売仲間にこう触れまわった。
 不満タラタラのアイヴァンに「組織」がヤキを入れようとする。
 すると、おかしなことに、ふだんは見逃してくれていたはずの警官が、マリワナを持ったアイヴァンを追ってきた。アイヴァンは警官を撃つ。
 警察と、警察とグルになった「組織」がアイヴァンを追う。
 しかし三人の警官は殺されても、アイヴァンは捕まらない。

 アイヴァンは社会にタテをつく「はみ出し者」だった。
 教会の中で「ふまじめな音楽」(レゲエ)を聞き、ヌードのピンナップを眺めているアイヴァンである。
 たった一人で、レコード会社の白人オウナーに不満をもらしたこともあった。こんなアホらしいカネじゃ契約できないゼ。かくしてアイヴァン唯一のシングル盤「ザ・ハーダー・ゼイ・カム」は、街に流れなくなる。
 納得できない男は、マリワナの密売でも常識を破った。大人しくしていれば、貧しい黒人として、彼は妻と二人で暮らしていけたはずである。しかしここでも、アイヴァンは「社会」に刃向かった。
 来るならこい。それが俺の生き方さ。
 ザ・ハーダー・ゼイ・カム。
 アイヴァンは、「社会」に小さな風穴を開け、死に向かって突っ走って行くのだった。
■カッコよく死んでこそのヒーローさ

「劇場を3千人の人々が取り囲んでいた。彼らは映画を観ようとドアを突き破ろうとしたんだな。劇場は工場用の金属フェンスで囲まれていたんだが、公開の翌日に我々が行ってみると、フェンスは地面にぺしゃんこになってたよ」(ペリー・ヘンツェル、98年)
 映画『ザ・ハーダー・ゼイ・カム』がキングストンで公開された時の様子である。
『ザ・ハーダー・ゼイ・カム』は、ジャマイカで初めて自国の姿を描いた作品だった。
 ヘンツェル監督はこの映画を「ジャマイカと、いたるところにあるスラムの住人のために作った」と語っている。読み書きのできない、カリブやブラジル、アフリカなどの人たちのために、とも言う(ヘンツェルは、カリブ海生まれのオランダ系白人)。
 キングストンの劇場には、そんな人々が押しかけたようである。
 しかしメディアの前評判はさっぱりだった。ジャマイカの姿、ジャマイカ音楽なんぞに何の価値があるのだ、と思われていた時代だった。ジャマイカでの公開は先の一館のみであり、欧米での受け入れもすこぶる悪かった。
「言葉(口コミ)だけが旅をしたようなもんだろう。新聞もまったくサポートしてくれなかったし、だれ一人として映画に期待などしていなかった」
 そんな映画が、しだいに世界的にカルト的(熱狂的)な支持を得てゆくのである。
 日本では70年代末ごろから、今でいうミニ・シアターや大学祭での呼び物として全国で上映された。その衝撃、あるいは当惑。なにしろさっぱり英語(ジャマイカン・パトワ)が聞き取れない。
 マニラの「スモーキー・マウンテン」を彷彿させる大スラムも登場する。その光景に反比例するかのように、ダイナミックな音楽(レゲエ)と、活気ある人々が次々と銀幕に飛び出してくる。二挺拳銃でポーズを取る主人公の「安っぽい」カッコよさ。にらみをきかせるアイヴァンの目が、赤く充血しているのも相当にセクシーだった。
 ジャマイカには、赤い目をした黒人は誇り高き「逃亡奴隷(マルーン)」の末裔だとする風説がある。アイヴァンもまた、マルーンの血を引く男なだろうか。
 そして何より我々を驚かせたのが、「ラスタ(ラスタファリアン)」と呼ばれる人々だった。「縄のれん」のような髪型をし、山中で隠遁(いんとん)生活をする人たち。かつてのエチオピア皇帝、ハイレ・セラシエを神とする「異形の民」である。
 アイヴァンたち密売人は、彼らラスタの村からマリワナを仕入れキングストンに卸しているという設定なのである。マリワナはラスタにとって瞑想のために欠かすことのできない「神の草(ガンジャ、ハーブ)」であった。
 実は、アイヴァン像の原型となったライジンは、この「ラスタ・マリワナ・ならず者・都市下層社会」という関係に寄り添って生まれてきたような男だったのである。
 非合法であるはずのマリワナの栽培と密売は、下層社会のみならずジャマイカの一般経済にとっても重要な「潤滑油」であったことが知られている。たとえば1970年代から80年にかけてのジャマイカは、IMF(国際通貨基金)もその救済資金を出し渋るほどに無計画かつ破綻状態にあったが、この窮状を陰でなんとか「救っていた」(?)要因のひとつが「マリワナ経済」だった。
 隠されたこのビジネスの最大の取り引き先は、言うまでもなくアメリカ合衆国である。
■植民地の苦悩とラスタファリ運動

 このようなイビツな関係が、どのような社会的混乱を引き起こすかは想像に難(かた)くない。「真の無法者」とは誰のことであるか、誰にも分からない。
 実在の犯罪者ライジンは、矛盾する現代ジャマイカの仕組みが形成されつつあった激動の時代に登場したワルだった。
 ライジンことヴィンセント・マーティンは、1924年にセイント・キャサリン教区という行政区に生まれている。彼が十代でキングストンへやって来たのは、まだジャマイカがイギリスの植民地だった1930年代末のことである。
 同じ頃、黒人の救済と解放というラスタの本義を発展させ、この醜き社会を徹底的に批判するレナード・ハウエルなる宗教者が注目され始めた。「ラスタファリ運動」が、支配層からは白人らを狙う「無法者」と恐れられ、貧困層からは熱烈な支持を集め始めていた時期である。
 ラスタファリ運動の中心人物だったハウエルとその一団は、植民地政府の弾圧から逃れるため山中に入る。彼らが自分たちのキャンプに定めた村は、アイヴァンの故郷と同じセイント・キャサリンにあった。ハウエルがその勢力を強めることができたのは、セイント・キャサリンにおけるマリワナの栽培と密売による蓄財が背景にあったとされている。
 30年代はまた、ジャマイカがアメリカの「大恐慌」のあおりを受け壊滅的な打撃を受けた時代でもあった。人口の大多数を占める下層の黒人の鬱憤(うっぷん)は激しさを増し、アイヴァンが故郷を離れた30年代の終わりにはキングストンをその中心として、大規模な労働運動や、暴動が発生していた。この社会の激震が、こんにちまで続くジャマイカの2大政党(PNP、JLP)による政治システムを誕生させる。人民国家党(PNP)の結党が38年、ジャマイカ労働党(JLP)は43年である。
 その後、ハウエルのグループはたび重なる警察の襲撃を受けて、山を下り、分散する。
 ハウエルに仕えたメンバーたちが新しく根を張ったのが、ライジンが闊歩したキングストンのスラム地区だった。
 ジャマイカの圧政に絶望した多くの黒人たちは、神「ハイレ・セラシエ」の名の下に、我らは「アフリカの民」であることを誇らしく思えと高らかに謳うラスタたちの言説に強く動かされた。
 ラスタファリアンは、現代の「逃亡奴隷」であった。
 ラスタファリアンも、かつての「逃亡奴隷」も、独自の文化体系を持ち、独自の社会を形成し、ジャマイカの主流社会とはまっこうから対立する一団であった。 

 マルーン(逃亡奴隷)は、ジャマイカの奴隷解放(1838年)以前から、この島に数十万もいたとされるアフリカ人奴隷の中から発生した。
 彼らは、緑深い山国でもあるジャマイカの山中でアフリカ色の濃い自治生活を始める。「厄介者」「山賊」かつ「無法者」であるマルーンと、イギリス人との対立が極まり本格的な戦争が勃発するのは1720年のこと。最終的にマルーンはイギリス人との協調を条件に自治権を獲得する(第1、2次マルーン戦争)。この時代に生まれた英雄が、クジョー、アコンポンという兄弟、そして勇猛な闘志として知られた「女王・ナニー」である。
 現在も、マルーンの末裔が住む「アコンポン」村などでは、未だに自治権が維持されている。アコンポン村には、儀礼的にではあるが、入国管理事務所まである。そして、現在のこの村のリーダー、長老たちにもラスタは多い。
 ラスタファリアンは、「マルーンの恐怖」を現代に改めてよみがえらせた存在であった。
■空のかなたで誰が迎えてくれる?

 しかしこのような黒人民衆史は、ジャマイカの「表舞台」にあっては「その他の事項」として隅へ追いやられる傾向にある。
 米・黒人史においても重要な存在であり、故郷ジャマイカにおいてはラスタファリ運動興隆のきっかけをなした解放運動家、マーカス・ガーヴェイを初めとして、虐げられた下層民の気持ちを奮い立たせた先人たちを「表舞台」や「正史」へと大々的に持ち上げれば、歴史観が逆転してしまうからであろう。ちなみにアコンポン村へ取材と同じ時期に、アメリカからやって来た黒人の親子が「自分たちが訪れた図書館には、ガーヴェイの本が一冊しかなく、ナニーにいたっては一冊もなかった」と報告しているラジオ番組があった。
 ラスタファリ運動も、同じような道を歩んでゆく。
 そしてラスタファリ運動はスラムの住民、下層民の肉声を土台にして、ちょうど映画で観たような巨大なゴミ山が自然発火するように、「表舞台」には「不穏な動き」となって浮上する。
 それが音楽となって表われ出たのが、レゲエなのである。
 ジャマイカは1962(昭和37)年、イギリスから独立する。ジャマイカの音楽産業が自分の足場を確かにするのも同時期からである。ただし、映画に描かれてもいるように、それは一握りの人間たちが貧しい歌手志望の青年・子どもたちの才能を搾取(さくしゅ)することで成り立っていた。
 しかし、たとえそれがわずかなチャンスではあっても(あるいは、だからこそ)、表現の場を得た若者たちは自分たちの主張を歌に盛り込み始めるのである。
 レゲエの始まり、それは、社会の権威、その仕組みに、はなはだしい疑問を持つ、スラムからの肉声である。
 ジミー・クリフが歌う「ザ・ハーダー・ゼイ・カム」に登場する、自分が死んだとしても天上で誰が迎えてくれるんだろうという疑問にしても、単なる感傷ではなく、はっきりとしたキリスト教批判である。のちにボブ・マーリーらも歌うように、キリストの名の元に教会は何をしてくれた?という問いかけである。ちなみに、キリスト教会はジャマイカ社会における最大の権威である。
 生まれてから死ぬまで、ずっと押しつぶそうというのなら、俺は闘う。やるならやってみろ、俺はもっと激しくやり返してやるという「ザ・ハーダー・ゼイ・カム」のメッセージは、レゲエから見た大衆の「正論」なのである。

 レゲエは、ラスタファリらを中心にして説かれた「我々はアフリカの民」であるとの誇りを握り締め、そして、スラム育ちの「ならず者」が教示した「何をも恐れぬ態度」をバネとして、70年代に一気に開花する。
「ザ・ハーダー・ゼイ・カム」は、その始まりを世界に告げた名高い作品の一つであることは言うまでもない。
*主な参考文献ほか


*(CD)ザ・ハーダー・ゼイ・カム/ジミー・クリフほか/マーキュリー/PHCR-4762/1996年
*(CD)SONGS OF FREEDOM/BOB MARLEY/TUFF GONG-ISLAND/TGCBX-1/1992年
*(CDブック)歌と世界の子どもたち 2 ジャマイカ/制作・藤田正/PARADE RECORDS & BOKKS-イエス・ビジョンズ/YVPRB-0002/1998年
*RASTAFARIAN MUSIC IN CONTEMPORARY JAMAICA/YOSHIKO.S.NAGASHIMA/INSTITUTE FOR THE STUDY OF LANGUAGES AND CULTURE OF ASIA & AFRICA/1984年
*(インターネット)THE ISLANDLIFE INTERVIEW WITH PERRY HENTZELL/ http://www.islandlife.com/thtc/perryinterview.html
(文・藤田正)
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