懲りないレゲエ・シンガーのゲイ差別:シズラ、ブジュ・バントンらの歌詞を巡って
Killer Queen Beenie Man
 ゲイへの差別発言は、レゲエダンスホールの世界では日常化している、と指摘してもファンにとっては「そんなの、当たり前〜」だろう。
 ロンドンの団体「OutRage!」は、数年の交渉の末、ビーニー・マン、シズラ、ケイプルトン、ブジュ・バントンら問題発言(歌詞)の多い4人のトップ・シンガーたちに一つの署名をさせた。
 それが「レゲエ特別証書 Reggae Compassionate Act」…なんだけど、彼らジャマイカの「問題児」が言ってることって、あんたらのオツムってどうかしてんの? と呆れるほどに最低なのだった。
 レゲエ、特にダンスホール系の一部(エレファント・マン)や、新しく人気の出てきたルーツ系(シズラなど)のミュージシャンたちには、ゲイ/レズビアンを徹底的に差別し、果ては殺してしまえ、とまで言ってのける人たちがいる。すでにこれは以前から問題になってはいて、Beats21でも「『ゲイを殺せ!』発言でダンスホール・スターが窮地に」という記事にまとめたことがある。しかしこういった歌は、沈静化することはなかった。
 アウトレイジ!ほか、60余の人権団体によるこのキャンペーン「ストップ・マーダー・ミュージック」は、これまでの経験をふまえ、ただ単にミュージシャンへの抗議を繰り返すのではなく、人間の平等、暴力の否定といった当たり前の事項をレゲエ・ミュージシャンとして確認し署名させることで、公的な力を得ようとしている。
 芸名と実名で署名させた文書の内容に反した行動を取った場合、同文書をもとに、団体は多用な行動に出ようとしているようだ。

 アウトレイジ!がまとめた調書「Dancehall Dossier」には、驚くような歌詞がいくつも出てくる。
 ご存知のようにジャマイカのパトワ語は、日本人には難解そのものだから、日本でも人気のあるビーニー・マンやエレファント・マン、シズラといったスターたちが、実際はどんな言葉を吐いているのかを、読み取ることができるのだ。ちなみに……

「レズビアンを長いロープで吊るしてしまえ」(Han Up Deh/ビーニー・マン)
「レーザー・ビームでこのオカマを消し去ってやろう」(Look Good/バウンティ・キラー)
「(ゲイの)奴がオレのそばに来たら、奴の皮を引き剥がす! 古いタイヤの車のように焼き尽くしてやる」(Boom Bye Bye/ブジュ・バントン)
「男色、オカマは、オレが撃ってやる、ウォア!」(Whoa!/ケイプルトン)
「男と後ろからヤるような男は燃やせ」(Pump Up/シズラ)

 ……このほか、エレファント・マン、TOKらの抜粋詞が標準英語訳と共に記載されている。
 彼らのこういった言動は、まったくどうかしているとしか言いようがない。そして彼らを肯定するたくさんの(特にパトワが分かる人たち)がいることも、ぼくらは忘れてはならないだろう。
 そして、世界のたくさんのファンに後押しされるように(?)、ブジュ・バントンやビーニー・マンらは署名した文書をすでに撤回する行動に出ていると、人権活動家のピーター・タッチェルが「Reggae Tips」という文書で書いている(Guardian.co.uk, 02-08-2007)。
 ゲイの皮を引き剥がせだの、燃やせだの、ロープで吊るし首だのなんて、かつての米国白人による黒人リンチ時代とまったく同じじゃないか。まるでこのジャマイカのスターたちは、自分が黒人であることを忘れてしまったかのようである。 
 ちなにみケイプルトンやシズラは、ラスタの教義にとても忠実な人のようだが、自分とは異なる人間を認めないどころではなく、ゲイの虐殺すら大いに謳うというのは、ジョージ・ブッシュ米大統領をバックアップする狂信的なキリスト教原理主義者と相通じるものがあると批判されてもしょうがないだろう(シズラは2007年6月に発売したばかりの『I-Space』で「Stop All The Violence」と歌ってますが…)

 最後に、いくぶんこぼれ話のようになるのだが、元ジャマイカ首相だったエドワード・シアガと、こういった問題の接点について触れておこう。
 調書「Dancehall Dossier」によれば、T.O.K.の「Chi Chi Man」が2001年の総選挙の際、彼のJLP党のキャンペーン・ソングに使われていたのだという。
 森本幸代の辞書『パトワ単語帖』によれば、チチ・マンとは「ホモ、オカマ」のこと。
 この歌もゲイを燃やせ、撃ち殺せ、という最低の内容なのだが、ではなぜシアガは使ったのか。
 ジャマイカ・グリーナー紙に彼が寄せた文章「Campaign Strategy and Voting Preference」(15-07-2007)によれば、選挙運動中にシアガはこの歌を偶然耳にして、(歌詞は何のことか分からなかったものの)メロディとリズムが大いに気に入ったのだそうだ。さて、さっそくキャンペーン・ソングに使ったはいいが、シアガはまさかこれがホモセクシュアルをテーマとしているとは、思いもしなかったのだそうだ。
 すでにジャマイカでは知られていた「チチ・マン」は、かくして選挙キャンペーンに大々的に使われたことで、相手候補を「ホモ!」とこき下ろすネガティブ・キャンペーン・ソングのようになってしまったのだった。
 この逸話には、ジャマイカ社会がどんなものであるかが、透けて見えるようだ。つまり……
 黒人の国ジャマイカで、白人支配者の一人としてずっと生きてきたシアガにとって、ジャマイカン・パトワが何を言っているのか分からないのである。
 これが一つなのだが、忘れてならないのは、シアガは政治家であったと同時に、ジャマイカにレゲエが出来上がる前の時代からレコードを作っていた音楽研究者/プロデューサーでもあったことだ。
 そんな彼が、ジャマイカ音楽で歌詞に耳を傾けるのはボブ・マーリーだけだと先の文章で書き、歌詞もロクに調べもせずに「チチ・マン」をキャンペーン・ソングに使ったというのは、この21世紀にあっても、ジャマイカの極端な支配構造は変わることはなく、一般の貧しい黒人は支配者にとって未だに「とっても軽い存在」だということを示しているのではないか?

 こう考えてみた時、今のレゲエダンスホールの隆盛の中で、マイノリティであるゲイが徹底して足蹴にされ差別されるのは、かつてのレゲエが持っていた剥き出しの反抗精神は遠く消え去り、弱者の痛みすら分からなくなってしまった、その証拠のようにも思えるのである。
(文・藤田正) 
* 関連記事、書籍、CD *
「ゲイを殺せ!」発言でダンス ホール・スターが窮地に:
Dancehall Dossier:
http://www.petertatchell.net/popmusic/Dancehall-Dossier-FINAL.pdf
Campaign Strategy and Voting Preference by Edward Seaga
Reggae Tips by Peter Tatchell
森本幸代 著『パトワ単語帖』
amazon-CD『Still Blazin'/Capleton』
amazon-CD『I-Space/Sizzla』
amazon-CD『My Crew, My Dawgs/T.O.K.』

( 2007/08/21 )

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