沖縄特集I ウチナー音楽2000〜2001
RESPECT RES45
文・藤田正(Beats21)
 2001年5月、新宿タワー・レコードの壁に大きく飾り付けられたCD売り上げチャートは、いくぶん奇妙な雰囲気をかもし出していた。
 三線(六線)を手にした笑顔の老人がジャケットとなったCD『登川誠仁/スピリチュアル・ユニティ』(写真)が、13位である。MISIAなどの若手スターの間にはさまりながら、このCDは売り上げトップ・テンに食い込まんばかりの勢いだったからである。
 日本の音楽をテレビだけで情報を得ているような人には、「このオジイチャンは誰だ?」という印象だったであろう。
 事実、このボートの傍に佇みながら、オジイチャンのCDを珍しそうに眺めている若者は何人も見かけることができた。
 しかしその中には、「あの映画の『ナビィの恋』に出ていた人じゃない?」と話し合っているカップルもいた。
登川誠仁のCDは、大量販売で知られるショップでも、関心を呼ぶアーティストの新作としてそこにあった。
 沖縄の伝統音楽の長老がこのようにポップな舞台で話題なるのは、おそらく1999年に嘉手苅林昌が亡くなった時以来のはずである。残念ながら嘉手苅林昌は哀悼の報せだったが、2001年の登川誠仁は、正反対に明るい。
 「歌が上手そうなあの『ナビィの恋』のオジイが、とうとうアルバムを出したらしい」
 「本当に面白いらしいよ」
 そして、まるで新しいロック・アルバムを聞いているようだと言った人もいる。
 そんな噂や評判がが確実なセールスを生んだのである。
 8月には沖縄限定の先行シングル「緑の沖縄」も、全国発売となる。
 アルバムをプロデュースした当人が言うのも気が引けるが、このように高い評価を得ながら、同時にセールスにもつながる新作沖縄音楽は、2000年、2001年という時点で『スピリチュアル・ユニティ』が最高のはずである。
 KiroroやDa Pumpらとはセールス枚数では比較にならないものの、『スピリチュアル・ユニティ』は、沖縄の香りを一切消すことなく、しかもポップに歌う沖縄音楽の最長老のアルバムなのである。快挙と言ってもさしつかえないと私は思う。
イラスト:河村要助
 沖縄ポップの一大ブームは1990年代に一区切りが着いたが、この時期を過ぎても、『スピリチュアル・ユニティ』のようなアルバムが出るというのは、沖縄音楽に底力があることの証明でもある。
 しかし沖縄音楽全体が、登川誠仁のようなストロングな力を発揮しているかと言われれば、私は「ノー」と答えざるを得ないのである。
 昨年(2000年)の8月初め、私は『沖縄は歌の島 ウチナー音楽の500年』(写真)という本を晶文社から出した。
 この本で私は三線が沖縄(琉球)へ伝わる前後の時代から島の歌を語り、本文のラストを安室奈美恵と「沖縄サミット」(2000年7月)で締めた。ラストで言いたかったことを要約すれば、80年代を助走期間として90年代の沖縄ポップは、「島の誇り」や「島の美しさ」を真正面から謳いあげる新しい手段を完成させた素晴らしい気時代であったが、そのブームの幕に降ろされようとしている今(執筆当時)、沖縄の「民俗色」濃い音楽は未だにそんなテーマにすがるばかりで、そのために、徐々に音楽が現実の沖縄から乖離する方向にあるのではないか、ということである。
DISC MILK DM002
 私は音楽をことさら政治・社会の動きとリンクさせて語ろうは思わないが、沖縄の音楽は島の風土、土俗と切っても切れない関係の中で生きてきたのである。
 沖縄は素晴らしい。だが…。
 この「だが…」という所に、どんなメッセージを、あるいはどんな味わいを込めるかが、ミュージシャンの才能というものであろう。
 2000年から2001年6月の段階で、聞き手を唸らせる沖縄の新作アルバムは2枚である。
 一つは登川誠仁。もう一つは古謝美佐子の『天架ける橋』(写真)である。
 古謝のアルバムは2000年に2000枚限定で発売され、2001年に入って全国のCDショップでも買えるようになった。
 明るく力強い歌声の背後に、苦しい戦後を生き抜いた男の逞しさすら感じられるのが『スピリチュアル・ユニティ』であるとするならば、古謝美佐子のアルバムは、島の「支柱」であるとすら言える女性・母性の視点から見事に沖縄を歌い上げる。
 つまり「豪」の登川と「柔」の古謝、なのである。偶然とは言え、まるで仲の良い夫婦のような関係にある2枚のアルバムは、21世紀の沖縄音楽の第一歩と言い切ってもいいほどである。
仲宗根創のCD(ajima 2013)
 だが、残念なことに、この2枚に匹敵する作品がない。
 小さな沖縄県で、約1年の間に2枚も優れたアルバムが出るだけでも凄いことではあるが、私は沖縄音楽の「実力」はこの程度ではないことを知っている。 
 だからあえて不満を言うのである。
 90年代のブームを終えて、ルーツ系沖縄音楽は、どこか方向性を見失ったように見える。
 演歌、中堅のロック・バンドなど、この2、3年でメジャーでは「お荷物的なアーティスト」の首切りが行なわれたが、沖縄の音楽もほんの少しの例外を除き大半がワン・ショット契約〜インディーズとなった。
 インディーズであること自体は何ら恥ずべきことではないが、では独立系となった彼らが今何をやっているかということである。
 ミュージシャンとして、そして沖縄の企業人として極めて重要な位置にいる照屋林賢を例に取れば、彼が設立したアジマァ・レコードからは、ソニーを離れた「りんけんバンド」を発売し、バンドのジュニア版であるティンクティンク、上原知子、少年島唄シンガーとして話題になった仲宗根創など意欲的なリリースも続けてきた。しかし、同レコードの一部を構成していたビーチ・レーベルは2001年の5月で活動を終え、また母体である「りんけんバンド」も右腕の上地一成が抜けるなど大きな曲がり角を迎えている。
しゃかりのCD(kafoo 3001)
 「特集2」に登場するアルベルト城間/ディアマンテスも、一時はバラバラの状態になり、現在は8人組からトリオとなってリフレッシュを計ろうとしている。
 ネーネーズは99年にメンバーが刷新され、このメンバーによる新作アルバムは2001年6月でようやく「歌入れ」の段階まできた。
 それぞれが、動いている。もちろん私はそんな彼らに期待しているのだが、彼らルーツ系の活動をはるかに超えて今ビビッドなのが、那覇や北谷などの学生たちを中心にしたインディーズのロックなのである。
 モンゴル800ほかのロック・バンド、元ディアマンテスの千秋がリード・ボーカルの「しゃかり」などのソフト・ポップは、現在の沖縄音楽の主流だと言ってもおかしくない。
 しかし、千秋のような力のあるシンガーは別にして、彼らの多くは「東京追従」であり、「どこかで耳にした洋楽系コピー・ミュージック」でしかない。
 つまり、(これは日本全体にも当てはまることだが)、「実」がない。
具志堅のシニーグ(Beats21)
 インディーズの活況という点では、90年代よりもはるかに勢いがあるのが今の沖縄音楽なのかも知れない。
 しかし私には全体像として「音楽の味」が薄い印象がしてならないのである。
 この薄い印象は、先に触れた「今の沖縄音楽が、沖縄の風土や土俗と密接であること」をやめようとしているのか?という疑問と、私の心の中ではリンクする問題なのである。
 もちろん即断は避けなければならない。
 しかし、私は沖縄の音楽であれば何だか知らないがOKとしてしまうメンタリティ(それは沖縄の内部にもある)にストップをかけなければならないと思う。
 その上に立って、優れた伝統を持つ沖縄音楽がこれから何を生み出すのかに期待したいのである。
 90年代の沖縄ポップは、沖縄の歴史の再解釈であったとも言える。
 かつては自らが卑下さえしていたこともあった自分たちの文化の再発見・再評価である。それはサミットの時に行なわれた「御万人(うまんちゅ)カチャーシー・フェスティバル」(写真)でズラリと揃った沖縄の諸芸能、シンガーたちを1万人を遥かに超える人たちが見つめるという会場の熱気にもよく現われている。
 もはやレゲエとは呼べないほど変貌してしまったジャマイカン・ポップの流れに見るように、島の土俗と「遊び」「学ぼう」とする姿勢にこそ新しいポップ感覚が生まれる。
 90年代の沖縄音楽はその一つの結晶だった。
 だが、そこで止まっては、あるいは飽きては、ならない。
 今の沖縄音楽は、そのあたりが中途半端に「日本の地方都市」的なのである。
 島の土俗とは何か。
 これを音楽家なりに突き詰めていけば、沖縄の基地問題が、自然破壊が歌の中に浮かびあがる。歌とは関係ないようだが、これからますます明確化するであろう宮古・下地島の空港問題にしても、沖縄の歌の「現場」である。
 この「現場」を体感してこそ、次代の沖縄音楽の土台となるはずである。(おわり)

( 2001/06/15 )

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