ようやく「竹田の子守唄」が、今
東芝EMI
<1999年3月>
 日本の音楽業界には、作ったはいいが世に出ることのないレコード(CD)がある。「発売中止」なり「発売禁止」なりと言われる作品である。
 これには様々なワケがあるのだが、人を誹謗中傷する言葉が使われたなどの権利侵害があった場合に、ぼくらは「発禁」といった用語を耳にする。ちなみに「この作品はレコ倫(レコード倫理審査会)によって発禁にされた」という文章を時折見かけるけれども、レコ倫にそのような決定権はなく、発売するか否かは最終的にはレコード会社の裁量に委ねられている。
 つまり、よく調べもしないで制作が続けられ、発売も目前になって大慌てするということだ。河内音頭河内家菊水丸にもかつて『NEWS』という幻の作品があって、これはCDジャケット(表紙)を、エリツィンやらボブ・マーリーやら、極めつけは皇族まで、数多くの有名人の有名な写真を無断でコンピュータで切りつないだことが問題になった。菊水丸本人の歌とは関係のない所で問題が発生し、その問題の大きさゆえに完成していた製品すべてが廃棄処分となった(ただし、これは歌詞を審査するレコ倫とは関係がない例である)。
竹田の子守唄」も、三〇年ほど前のヒット直後からそういった自主規制の波に揉まれた作品だった。ご存知のようにこの曲は、京都の被差別部落に伝えられる悲しくも美しい歌が元である。
 フォーク運動が盛り上がった六〇年代末、「竹田の子守唄」は、この歌の存在を知ったグループ「赤い鳥」が取り上げたことで全国的に知れわたることとなった。しかしこの歌の出所が被差別部落であるがゆえにレコード会社に動揺が走ったりといった過程の中で、日本歌謡不朽の一作「竹田」は、徐々に「レコーディングでは歌わないほうがいいよ」という「暗黙のバツ印」となっていった。現在発売されている赤い鳥のベスト盤にも、なぜか出世作であるこの作品は入っていない。
 もう赤い鳥のバージョンは、聞くことができないのかなと思っていた時に、「竹田の子守唄」は「復活」することになる。先月号で紹介したソウル・フラワー・モノノケ・サミットが九五年に『アジール・チンドン』でレコード化し、続いて正統派ロック・グループ「ヒートウェイヴ(山口洋)」が『TOKYO CITY MAN』(九七年)でこの曲を取り上げた。
 ヒートウェイヴはまた、この三月に発売されたミニ・アルバム『ノーウェアマン』でも、アイルランドの音楽家をバックに従え「竹田」の新録を行っている。アイルランド的な清涼感と、宇崎竜童的なクセのある山口の歌い方が、赤い鳥や森山良子らによる上品さとはまた違った味わいを「竹田の子守唄」に与えている。
 赤い鳥が「お父帰れや」のシングル盤B面として六九年に発表した「竹田の子守唄」も、昨年の『URCシングルズ2』の中で復刻された(これに先駆けて、九五年のビクターからの季節商品『これぞ決定盤!フォーク・ソング伝説』 にも収録されている)。
 赤い鳥は男女混成五人編成のグループで、もともとは欧米のポップスのカバーを得意としていたが、その方向性を代えるきっかけとなったのが「竹田の子守唄」だった。
 赤い鳥による「竹田の子守唄」は、今から聞いても相当の洗練が見られる。本来の伝承歌を畑から抜いてきたばかりの泥つき野菜だとすれば、こちらは都会の高級スーパーに並ぶ「生鮮もの」か。どちらを好むかはここでは置いて、下らないレコード会社の自主規制、身勝手な判断だけで長く放って置かれた名曲が、この数年の間で少しづつだが普通に聞けるようになったことを、ここでお知らせしておきたい。
<補足1>2003年、『竹田の子守唄 名曲に隠された真実』を上梓してからというもの、いろいろな方々から「竹田の子守唄」のレコーディング情報をいただいている。たとえばアルゼンチンの歌手として日本で人気の高かったグラシエラ・スサーナの『アドロ・サバの女王』(写真)にも同曲が収録されている。このCDは1973年、75年、80年の録音をまとめたもので、もともとは73年ごろにオリジナルLPが出されていた。奄美出身の中野律紀(Rikki)の1998年のアルバム『ミス・ユー・アマミ』にも、収録の「イムジン河」の中に使われている。ただし間奏曲として。以上の情報は、京都の村上昭氏から頂戴したものである。
<補足2>『URCシングルズ2』は廃盤。赤い鳥のオリジナルを聴くには、上記の単行本に添付されたCD(元唄2曲と合わせ計3曲入り)か、2003年に発売された赤い鳥のボックス・セット『赤い鳥 コンプリート・コレクション1969-1974』がある。

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( 2003/04/18 )

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