ナビィの恋・ナイマン・登川誠仁
BMGビクター
<1998年11月>
 この十月から十一月にかけて 粟国島あぐにじまに滞在していた。粟国は沖縄本島の西に位置する、未だ観光化されない小さな島である。
 沖縄はこれまで仕事で何度も訪れているが、今回は映画のテーマ・ソングを作成するためである。世界的な音楽家、マイケル・ナイマンをイギリスから映画のロケ地である粟国島へ呼び、イメージを現地でつかんでもらい本島の沖縄市で録音を取る。これがぼくのプロデューサーとしての仕事だった。映画は『ナビィの恋』(中江裕司監督、九九年六月公開予定/注・実際は同年末に沖縄で公開)という。
 御存知ない方にナイマンのことを少し紹介しておこう。マイケル・ナイマンは一九四四年、ロンドンに生まれている。王立音楽アカデミーなどで学んだあと、現代音楽を中心に様々な活動をしてきた人物である。そんな彼を一躍有名にしたのが、ピーター・グリーナウェイ監督の諸作、そして日本でも大ヒットした『ピアノ・レッスン』(ジェーン・カンピオン監督)の映画音楽だった。
 ナイマンがぼくにとって特に関心を惹くのは、アラブ音楽ほかの非西洋音楽に強い関心を示していることで、以前沖縄にも一人でやって来たことがある。だから彼の作風には、全体像はクラシック系には間違いないものの、どこか知らず異なった匂いを漂わせて見せるのである。
 こんなナイマンが、ひなびた離島へどんなふうに現れるのか、ぼくは興味しんしんだった。だがナイマン、さすがにシゴトは早かった。テーマ・ソングは、『ナビィの恋』にも出演している登川 誠仁(琉球民謡協会名誉会長)との共演曲にする予定でいたのだが、粟国島での出会いの当日、登川が「これが自分が考える、映画のイメージです」と沖縄民謡の難曲「下 千 鳥」を彼の前で歌い、それを聞き終えたとたん、ナイマンが言った。
「私も曲ができました」
 そして、演技を終えた登川誠仁の帰りを沖縄市で待ち、録音を終えたのがその翌々日であった。自分で言うのも何だが、登川・ナイマンの共演曲は、素晴らしい仕上がりになったと思う(注・完成後、曲名は「LAFUTI」に)。
 マイケル・ナイマンというミュージシャンをさすがだな思ったのは、実は仕事の早さではない。カネも名誉もたっぷりある人物が、着のみ着のままで地球の反対側までやってくる。そして、暑い暑いと言いながら(彼は冬服だった)、彼にとって普段では考えられないような地方の一般スタジオで録音を済ませるのである。
 彼の弁によれば、「自分にないものを求めなければ、音楽家としておしまいなんですよ。録音環境なんてどうにでもなる。そんなことよりも、ある音楽の最高峰と出会い、その人の息吹を貰うことがどれほど貴重なものであるか。だからこの録音は、絶対に沖縄の空気の中でやらなくてはならなかったのです。自分一人では作れない、他の音楽に対する尊敬ですよ」
 この曲が世に出るのは来年になるが、その前に、ナイマンの代表的作品を二つほど御伝えしておこう。
『ピアノ・レッスン オリジナル・サウンドトラック』(ヴァージン VJCP25076)は、映像と音楽が見事に溶け合った作品としても知られるが、そのサントラ盤である。「ミニマル・ミュージック」という繰り返しの手法を得意とする彼の感傷的なタッチが全面的に開花している。
『ライヴ・ベスト』(ヴァージン VJCP25142)は、代表曲を集めた実況もの。『英国式庭園殺人事件』や『ピアノ・レッスン』のサントラ曲も、もちろん収録。中盤にはモロッコのオーケストラを指揮したエキゾチックな組曲が入っている。こういうチャレンジがいかにもマイケル・ナイマンらしくて面白い。

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( 2003/02/18 )

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