レゲエ・ジャマイカ・ラスタ
Sony
<1998年6月>
 先々月のこの欄「東京音楽通信」で、ぼくはニューオーリンズから原稿を送ったと書いたけれども、実はその取材の直前までジャマイカにいた。
 ジャマイカは、アメリカ合衆国の南、カリブ海にある小さな島国である。サッカーのワールド・カップで日本と同じH組に入っていたのが、同国の通称「レゲエ・ボーイズ」である。こう言えば、みなさんも「ああ、あの小さな島か」と思い出していただけるかも知れない。
 ジャマイカには五年ほど前に一度行ったことがあるが、国情がその時よりはずっと落ち着いていたのが、まず印象的だった。かつては、二大政党が争う選挙の時期ともなれば、首都キングストンをはじめとして銃撃戦や、闇討ちなどが頻繁に起き、そのきびしい社会情勢を反映するかのように音楽(レゲエ)も相当にホットに過熱したこともあった。
 レゲエの精神的な柱となっているのが「ラスタファリアニズム」と呼ばれる黒人宗教である。この宗教の教義をもとに、かつてレゲエ・ミュージシャンの多くは徹底的に支配者を攻撃した。彼らは国民の大半をしめる貧しい人たちを代弁する立場でもあるから、レゲエは政治の中心にいる人々にとっては、やたらと人気があるだけに、時に何ともいまいましい「対抗勢力」となるわけである。
 ご存知のように、レゲエが政治や社会運動と密接な関係にあった七十年代、その中心的なバンドだったのが、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズである。一九八一年にガンで亡くなったマーリーも、政治がらみで狙撃されたことがあるが、同じウェイラーズのメンバーとして、マーリーと競うほどに人気があったピーター・トッシュも、八七年、狙撃集団によって殺された。トッシュは、マーリー以上に「反権力」としての立場を貫いた男だった。
 今回、そんなトッシュの仕事をまとめた三枚組『名誉市民』(ソニー SRCS8687〜9)が発売されることになった。内容は、六十年代からの自主シングルを集めたCD、未発表ライヴ、ヒット&代表作集と、ファンには注目のアルバムである。
 改めて彼の作品を聞いてみると、彼が元気だった頃と今との時代の移り変わり驚かされる。人間の平等を求め、その権利獲得のために自分がどれほどのパワーを持っているかを誇示したトッシュ。ラスタファリアニズムを信ずる者には必需品であるマリワナを公然と喫い、その合法化を歌ったトッシュ。どの曲も、信念に貫かれた力強いものばかり…そして、このような燃えたぎるエネルギーは、今のレゲエに、あまりない。
 つまるところジャマイカ社会が、それなりに安定したからだろうか? ぼくの今回の取材対象となった捨て子・孤児たちの有り様を見ると、ジャマイカが南洋のパラダイスに変身したとは、とても思えないのだが…。
 現在の「レゲエの変身」(?)は、ほかにも、いろいろな部分に顔を出している。トッシュの退団と入れ替わりでウェイラーズに加わったジュディ・モワットも、最新作ではラスタ・ウーマンであることをやめて、ジャマイカの人口の六割を占めるキリスト教徒としての作品、『ラヴ』(テイチク TECW24712)を発表した。
 女性シンガーとしてジャマイカでトップ・ランクに位置するモワット。彼女の歌声は、この『ラヴ』においてもとても優しく、美しい。
 でも、何かひっかかる。他人の宗教観にとやかくいう権利などないことは承知の上で言うのだが、かつてボブ・マーリーと一緒に、大衆の窮状に対して何もしない教会を「燃やしてやりたい」と歌った一人が彼女だった。
レゲエ・イコール・ラスタ」とまで言われ、世界的になったあの時代は、レゲエにとってウブな青春時代だったのだろうか。
 世界に向かって「俺たちは闘っている」と胸を張るのがレゲエ・ボーイズばかりというのは、少なくともぼくにとってはさみしい。
*写真は、トッシュの代表的一作『平等の権利』
 
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