プリPuri(韓国の打楽器4人組)
(photo:Beats21)
 韓国のパーカッション&ボーカル・グループ、プリPuriが来日した。朝鮮半島の民族楽器を使いながら、現代に生きるダイナミックな音楽を目指す注目の4人組である。
 2001年2月12日は、新宿ピット・インでのコンサート。韓国ではいつもホール級の場所だから(ちょっと感じが違う)と、メンバーのミン・ヨンチ(閔栄治)は、目の前の観客の顔が見える会場に向かって笑顔で語りかけていた。ミンは、在日コリアンである。
 プリは手に持つ楽器は伝統的であっても、かつて日本で話題になったグループ「サムルノリ」のような古典的な衣装は着ない。当夜も、黒いモダンな上下に身を包み、激しく身を揺さぶり、最後には「ディスコ・コリア」とでも言いたいほどの現代的なノリを聞かせていた。
 もちろん会場は満杯で、若い4人組だけにアイドル的な視線を送る女の子たちが見かけられたのも面白かった。
 プリは1994年に結成されている。同年、上々颱風の『八十日間亜州一周』に参加、日本でも知られるようになった。99年、『移動』発表。
 現在のメンバーは、写真左から、チャン・ジェヒョ(張在孝)、リーダーのウォン・イル(元一)、ミン・ヨンチ、キム・ウンシック(金雄植)。インタビューは、コンサートの当日に行なわれた。(インタビュワー:藤田正)
 インタビュー本文は、次ページから。
(photo:Beats21)
 ウォン「私は国楽高校の出身です。大学では笛と打楽器を学んで、大学院では作曲を学びました。94年からプリの活動をはじめましたが、個人としては作曲が中心、演奏はプリで、という、だいたいの仕事の分け方をしています。プリの最初のメンバーは違っていました。このメンバーになって、自分の考えていることがやれると思います。今のメンバーは、以前から何らかの形で一緒にやってましたから、気心も知れてますし」
 キム「私は軍隊を除隊してから、大学を出たあとそのままプリに入りました。それが26歳(数え年)の時です。今は31歳です。私は学生時代にもうプロでやっていました。韓国の打楽器奏者というのは歌や踊りの伴奏で一人で出かけていくことができるから、みんなでバンドを組んでということも、私にはありませんでした。ええ、ほかの人よりは上手だったと思いますよ」
----韓国の教育システムは日本とは違っていますね。サッカーなどのスポーツもそうですが、国楽高校へ入れるというのは、選ばれた優秀なミュージシャンの卵ということになりますね。
 キム「中学時代から選抜されます。あの頃の私は西洋のクラシックを学んでいました。私個人も音楽が大好きでしたし、父が文化財管理局にいました。そういう環境です」
 ミン「小さい頃の環境はみんな違いますね。キムはピアノで、ウォンと私はブラス・バンドをやっていたし、チャンは音楽とは関係がなかった」
 チャン「私は陸上部にいました。特別な練習を経ずに国楽高校へ入りました。音楽を志したきっかけですが、中学1年の時に、地方へ遊びに行ってラジオ番組を聞いたんですね。パンソリが聞こえてきたんです。私はこれをやりたい、と思ったわけです。私は一人芝居(mono-drama)をやろうと思っていたんですが、それ以来、独学で勉強して国楽高校へ入ったというわけです」
 ミン「ぼくは、大阪で生まれた在日3世です。大阪韓国人学校の小中学校を卒業しました。小学校3年の時からブラス・バンドの大太鼓を叩いていたんですが、4年生から<グループ黎明>でチャングを学びました。そして中学2年の時に、スカウトされたという感じですね。国立国楽高校の卒業生が<黎明>の公演を手伝いに来てくれて、そこでぼくに、こんな学校があるんだよと教えてくれたんです。ぼくは中華料理屋さんになりたかったのに、人生設計が狂ってしまいました(笑い)」
----実力を見込まれて、留学してみたらと。
 ミン「そうです。内容は留学とほとんど同じですが、言葉としては母国修学と言いますね。15歳から親元を離れて生活しています。リーダーを除いて、あとの3人は同級生。リーダーは3つ歳上です。リーダーのウォンは、ぼくらの卒業生で凄い人がいるというウワサの人物でした」
----プリとしての今後の活動を教えてください。
 チャン「今年はセカンド・アルバムを作りたい。だから、もっとお互いを知る自分たちの時間を持たなくてはならないと思います。各自が一人づつの仕事を持ってるから忙しいんですよ」
 キム「もっとプリを有名にしたい。今は車にセカンド・ギアが入ったくらいですから、これからだと思います。メンバーの間に空白の時間が生まれると、加速がつきにくくなるし。結束の時期です」
 ウォン「私はバンドだからといって、いつも集まって一所懸命やるというのは、この時期に関しては違うと思う。ある程度、離れていればメンバーに対してもバンドに対しても、余裕を持って考えることができるはずです。今は過渡期なんですよ。他のバンドと違って、プリはユトリがあるんです。というのも、私たちは自然に集まって4人になったから。私はこういう状態がいいと思います。要点をきちんと押さえた活動をしていれば大丈夫です」
 ミン「プリは5年目になります。韓国は日本とは違って、プロモーターやプロダクションとか、マネージング・オフィスとかの区別があまりないんです。興行自体のパワーも日本と比べて足りない。ぼくらはそういう環境も変えようと、けっこう頑張った時期がありました。そういう時に韓国が経済破綻に陥ったんですね。いくら頑張っても一緒だな、なんて思ったこともありました。でも、周囲のチームが次々に崩れ去っていった大変な時期にぼくらは自分たちでCDを作ったし、有名になったから、大きな峠を乗り越えたという自信があるんです」
『移動』(you-whoo yw-p001)
----韓国の音楽業界の中で、プリはどういう位置にいるんですか?
 ミン「CDショップの店頭や新聞の扱いは伝統音楽ですね。でも伝統音楽をやってる人たちは、ぼくらを同じだとは思っていないでしょう」
----『風の丘を越えて−西便制(ソッピョンジェ)』という大ヒット映画を作ったイム・グォンテク(林権澤)という監督がいます。監督と以前に話をした時、彼は映画の題材となったパンソリのことは聞かないでくれ、自分はこの映画を作るまで、韓国の貴重な伝統を見つめることなしに来た人間なんだと言っていました。このような発言を、伝統音楽をびっしり学んだプリのメンバーはどう思いますか。
 ウォン「それは彼が冗談で言ったことじゃないですね。だいたいあの映画は、原作となる小説がありますから、映画監督としてはパンソリの知識はいらないわけです」
----イム監督は、プリのメンバーよりずっと年上ですよね。そんな人ですら…これは日本だって同じことですが…伝統的なものに目を向けていない。監督は、そんな自分が恥ずかしいとも言ってました。
 ウォン「私たちは伝統を意識はしているが、伝統音楽をやっているわけではありません。伝統的な素材を持ちながら、私たちの関心は現代にあります。そう見た時に、私たちがほかの人たちよりも有利なのは、我々の伝統を手段として使えるということです。確かに他の人よりも勉強はしましたから」
----アフリカ的なリズムなども使ってますね。
 チャン「アルバムの中に入っている<キルグナック>はラテンの要素が入っています。でも<キルグナック>という名前そのものは韓国の伝統音楽なんですけどね」
 ウォン「ぼくらは外国のミュージシャンとも各自が共演する機会が多いから、そういう要素も知らず知らずに入ってきていると思います」
----新作の構想を聞かせてください。
 ウォン「それは、ちょっと言えないです。例えば、ナンタという韓国の4人組のグループがいるんですが…日本にも来てますね…彼らは、私たちが提示したアイディアに触発されて出てきたグループなんです。彼らがやっているキッチンで出した音が、音楽になっていくというのは元々はプリがやっていたことです。だから、情報が漏れるから簡単には喋れない(笑い)」
----サムルノリという打楽器グループが、かつて日本でも非常に有名になりましたが、彼らとの関係を教えてください。
 ウォン「サムルノリには影響を受けました。サムルノリの影響を受けて新しい形に発展させた代表的なバンドがプリです。韓国のリズムそのものを木にたとえるならば、プリはその木の太い枝の一つだろうと思います。サムルノリもまたその木の枝の一つです。ただサムルノリは、演奏形態として使う時と、バンド名として使う場合があります。演奏形態としてこの名前にふさわしいと私が思うのは、一斉を風靡したオリジナルの4人が揃っていた時のあのバンドですね」
----バンドとしてのサムルノリも伝統的ではありますが、実はモダンな人たちだと思います。ああいうグループは、かつてなかったでしょ。プリは、そういう先輩のエッセンスを受け継いだ第2世代ということですか。
 ウォン「違います。エッセンスを受け継いでいるのは彼らの弟子たちです。私たちは全世界の音楽に影響を受けているし、同時に、サムルノリよりもずっと古い、韓国のシャーマンの音楽も取り入れているのがプリなのです。
 プリに重要な要素は五つあります。
 一つは伝統的なるもの。サムルノリ。他の国のリズム。私たちのオリジナルなもの。メンバー各自がかもし出す個性。この五つがが融合してプリとなります」
 
 プリ・ライブ:
 2001年6月15日(金)午後7時開演
 東京・世田谷パブリック・シアター
 前売り4000円、当日4500円
 問い合わせ:カンバセーション(03-5280-9996)
 
 プリのホームページ:http://yougey.com/

( 2001/02/21 )

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