「竹田の子守唄」というメッセージ・ソング(最終回) by 藤田正
バード企画
 この4月に、赤い鳥のリード・ボーカリストだった山本潤子(当時は新居潤子)さんと会いました(2003年4月23日)。売れっ子の山本さんは、本誌Beat21の別記事にも触れたように「April」というニュー・グループを結成するなど、今も忙しい毎日を送っている女性でした。
 山本さんは赤い鳥が解散してからしばらく、「竹田の子守唄」を歌っていませんでした。赤い鳥は1974年に解散し、山本さんは同年、都会的で洗練されたコーラスを得意とするHi-Fi Setを結成します(94年に解散)。私は山本さんに、あれだけヒットした「竹田の子守唄」をなぜHi-Fi Setで取り上げることがなかったのかを、たずねました。
 彼女は次のように答えてくれました。
「Hi-Fi Setの時は、(『竹田』と同じく赤い鳥時代の代表的1曲である)『翼をください』にしても、一度だけステージで歌ったことがあるくらいです。『竹田の子守唄』はありません。こういう曲はHi-Fi Setというグループ(の方向性)とまったく合わないからですから。
 私が『竹田の子守唄』を改めて歌い出したのは阪神淡路の震災のチャリティがきっかけでした」
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アルファミュージック
「あの震災で、昔の仲間たちが集まって何かをしようということになりました。その時、みんなから赤い鳥の曲を何で歌わないのかと聞かれました。特に、一緒にやっている伊勢正三(元かぐや姫)さんにね。伊勢さんは、『竹田の子守唄』や『翼をください』『忘れていた朝』とか、たくさんあるじゃないかって。こういう歌はみんな潤ちゃんがリードを取っていたんじゃないの?、って。
 私は『竹田の子守唄』にしても、赤い鳥は(後藤悦治郎さんの)紙ふうせんへ引き継がれたと考えていたんですが、震災の時はすでにHi-Fi Setではなくソロでやってもいましたから、伊勢さんの言うことにうなづいたんです」
 山本さんは阪神淡路の被災者へのイベントをきっかけに、再び「竹田の子守唄」を歌い出した。これがその後の、この歌の「どうも解禁になったらしい」という風評に説得力を持たせる材料の一つとなっていった。
「もちろん私はこの歌の背景のことは知っています。また、放送禁止…というよりも局側がこの歌をかけることを自粛してきたというエピソードも知っています。でも私が歌わなかったのは、そういう理由とはちょっと違うんです」
*写真は、赤い鳥のデビュー当時。手前右が山本潤子さん。
「私は歌手ですから、美しいメロディや詞を歌としてちゃんと伝えたいだけなんです。かつて赤い鳥はフォーク・ブームの真ん中にいたグループでしたが、私は最初からフォークだ何だというような区別は全く意識していませんでした。歌をうたいたかった、それだけです」

 歌を一つ舞台に上げるしても、そこには様々な人間の思いや主張が存在する。
 山本さんにも、歌手としての明確なポリシーが存在する。
 私は山本さんのような、どんな考えであれ自己の立場をはっきりと言える歌手、そして、それを取り巻く関係者ばかりであったなら、「竹田の子守唄」はいわゆる「放送禁止歌」にならなかったと思う。意見を異にする人々であっても、語り合うことこそが相互理解の第1歩であるからだ。
「竹田の子守唄」のこれまでの歴史は、その反対だった。「臭いものにフタをする」という言葉があるが、それが「臭い」ものであるかどうかも検証されることなく、「臭い」とされたのが「竹田の子守唄」である。そしてこの場合の「臭い」とは、被差別部落、および被差別部落民のことを指す。
 このようなムゴく、陰湿な差別構造は今も続いている。この差別に差別を重ねる図式を、私たちは消し去らねばならない。
「竹田の子守唄」は、そのためにも輝き続ける、日本の名歌なのである。
(連載おわり)

( 2003/06/16 )

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