子守唄の風土記…「竹田の子守唄」
文・藤田正
 守りもいやがる 盆から先にゃ
 雪もちらつくし 子も泣くし (赤い鳥「竹田の子守唄」)

法起寺/Beats21
 子守唄の歌詞を眺めていると、これはラップと同じだと思うことがある。ラップとは、今や日本の若者にもほぼ定着した「しゃべくり音楽」(rap music)のことである。
 私は一九七〇年代の中ごろ、ラップがまだその名前すらなかった時に生まれ故郷であるサウス・ブロンクス(ニューヨーク市)にいたことがあって、以来、長くこの「語りをリズムに乗せる音楽」と付き合ってきた。
 ラップは、貧しく世間から見捨てられたような地区の少年少女が編み出した、ポピュラー音楽の素晴らしき結晶である。私はそんなラップと日本の子守唄とが、時にずいぶんと似通った匂いを漂わせる瞬間を知っている。

 新建しんだち 新建と いばるな新建 
  広い新建に 寺がない こいこい
 本町ほんちょ 本町と いばるな本町 
  広い本町に 医者がない こいこい

 右は、京都の被差別部落に生まれた「竹田の子守唄」の原型となった一曲「竹田こいこい節」から引いた歌詞である。
 新しい地区(新建)には寺がない、何や? それ言うなら反対に、あんたらの古い本町地区に医者がおらんやないか…と、赤ん坊を背負った少女たちが即興で掛け合ったのが、このように歌として残ったのだろう。「こいこい」という繰り返しはむろん、歌詞全体がリズミックに跳ねるように韻を踏んでいる。
 即興で、言葉のリズムに重きを置き、身の回りの実生活をリアルに歌いこむ。それも時に、相手をやり込めるような言い方で。これをアメリカの黒人たちは、ダズン、あるいはダーティ・ダズンと呼んできた。この伝統的な言葉遊びを最新のリズムと結びつけたのがラップだった。そしてダズンもラップも、その原点とは、差別的な環境に置かれた(特に若い)黒人たちにとっては、日々の鬱屈を晴らすせめてもの行為、叫びであった。
 かつての日本の子守唄にも、ダズンやラップの要素は濃い。厳密に言うと、守り子たちによる「守り子唄」のことだが、重複は多いとはいえこのような歌は、記録されているだけでも全国に膨大な数にのぼるのである。そしてそれらの中で、際立って美しく、かつ少女たちの生への渇望を見事に歌い表わす一曲が「竹田の子守唄」だと思う。
竹田の子守唄」の素晴らしさはもう一つある。「子守奉公」という言葉がとっくの昔に死語となった今、日本的な子守唄の大半は、テレビやイベントでお上品に歌うなり、地域の遺産として残るなりしかないような形骸化の道を辿っているようだが、私の知る限り沖縄や竹田は異なるのである。
竹田の子守唄」は、今に生きているである。
 被差別部落に生まれたこの歌は、プロの手を加えられたのち、六〇年代のフォーク・ブームに沸く京都の若者の中へ広まっていった。フォーク・グループ「赤い鳥」が大手レコード会社からこの題名でシングル盤を発売するのが一九七一年のこと。レコードは記録的な成績を上げる。しかし歌が世に知られたことが、出自に光を当てることにもなり、いつしか赤い鳥の「竹田の子守唄」は放送メディアから消えた。いわゆる放送禁止歌の代表的一曲が「竹田」だった。
 このあたりについては私の『竹田の子守唄 名曲に隠された真実』を読んでいただきたいが、部落というだけで扉を閉じてしまうメディアの差別、それは肌の色だけで(今も)苦渋を飲まされ続ける黒人への差別と根っ子は同じだろうと思うのだ。もちろんラップの詞の激しさは、この人種差別に起因する。
竹田の子守唄」が今に生きていると私が言ったのは、歴史的な部落差別を跳ね除けるために、地元の女性たち(部落解放同盟改進支部女性部)が中心となり地域の誇りとして、百年も前に遡ることのできる貴重な原曲(二曲)ほかを発掘し整理し、さらに自分たちの解釈で歌い直しているからである。
 部落差別、女性差別、子どもと教育の問題…「竹田の子守唄」という扉を開けると、日本のメインストリームが今までいかに弱者を踏みにじってきたかということすら見えてくる。
 さて、竹田の女性たちが胸を張って歌い出してから、何年経っただろうか。以後、関西を中心にテレビやラジオの特番が組まれ、CDへも、気が付けばずいぶんたくさんのシンガーが吹き込んでくれるようになった。歌の世界からまず最初に、部落差別が消えてくれることを切に願う。
(音楽評論家)

*初出:『月刊言語』リレー連載「子守唄の風土記」(2006年4月提出)

( 2006/11/29 )

サンゴとサンゴ礁のはなし―南の海のふしぎな生態系
垂見健吾写真展・3:万国津梁館のパフォーマーたち
インタビュー:藤田正 「海の日、サンゴの日」総合プロデューサー
垂見健吾写真展・2:7月21日、万国津梁館の子どもたち
垂見健吾写真展・1:LIVE AT サンセット・ラウンジ
フォト・レポート「海の日、サンゴの日」by 森田寛
「海の日、サンゴの日」の象徴だった白い風船
海の日、サンゴの日:サンゴ絵画ワークショップの子どもたち
応援団長のガレッジセール、大活躍でした!
「海の日、サンゴの日」のサンゴ少年たち
Save The Coral 2008:3月5日「よなは徹 海をうたう」
冬休みにゆっくり読みたい音楽関連ブック(2&3)…ヒップホップ・ジェネレーションと、もう1冊
冬休みにゆっくり読みたい音楽関連ブック(1)…新しい世界のかたち
ふざけたライナー書くなよ:ヘクター・ラヴォーって誰のことだ?
私はこう考える:ダンスホール・レゲエのゲイ・バッシング
ラリー・ハーロウ、13名のフルオーケストラでバリバリのサルサ
すでに幻の芸能?…門付け芸「万歳」を大阪で見た
「スーチーさん」(by 肝心ザ・セカンド)
懲りないレゲエ・シンガーのゲイ差別:シズラ、ブジュ・バントンらの歌詞を巡って
2通の訃報:マックス・ローチとマリオ・リベーラ
竹田の子守唄
講演「竹田の子守唄 名曲に隠された真実」---藤田正@高野山
二つの「竹田の子守唄」とメッセージ・ソング(4)
「竹田の子守唄」というメッセージ・ソング(1) by 藤田正
「竹田の子守唄」、故郷へ帰る/京都で画期的なイベント開催
部落のおかあさんたちの「修学旅行」:Photo Live「竹田の子守唄」
二つの「竹田の子守唄」とメッセージ・ソング(2)
CD『竹田の子守唄 ふるさとからのうたごえ』とは…
二つの「竹田の子守唄」とメッセージ・ソング(3)
古謝美佐子8年ぶりの新作『廻る命』
「竹田の子守唄」というメッセージ・ソング(2) by 藤田正
古謝美佐子、「竹田の子守唄」と出会う
「日本の歌百選」のいかがわしさ―「あの歌」がないのはなぜ?
待望のCD全集:『赤い鳥 コンプリート・コレクション 1969-1974』発売
竹田の子守唄、北九州と東京へ初めての旅
毎日放送が「竹田の子守唄」のドキュメンタリーを放送
ようやく「竹田の子守唄」が、今
「竹田の子守唄」というメッセージ・ソング(3) by 藤田正
毎日新聞に「竹田の子守唄」の最新連載が登場!
写真特集:夏祭りのソウル・フラワー・モノノケ・サミット@神戸・長田
「竹田の子守唄」というメッセージ・ソング(最終回) by 藤田正
ソウル・フラワー・モノノケ・サミット
子守唄の風土記…「竹田の子守唄」
無料講演会「竹田の子守唄」@大阪・両国人権文化センター
11月3日、11月4日 しょうちゃんの蛇に三線/藤田正
「竹田の子守唄」というメッセージ・ソング(4) by 藤田正
「竹田の子守唄」というメッセージ・ソング(5) by 藤田正
大人が楽しめる音楽を…Aprilを結成した山本潤子
二つの「竹田の子守唄」とメッセージ・ソング(1)
10月15日、10月16日 しょうちゃんの蛇に三線/藤田正
ついに録音が終了!「竹田の子守唄」のふるさとからの熱唱
表紙へ戻る