MISIA@雪降る横浜・2001/01/27
「THE TOUR OF MISIA 2001」(photo:BMG FUNHOUSE )
 雪で開演が40分遅れた。
 「THE TOUR OF MISIA 2001」。会場は横浜アリーナ。最終日の前日、1月27日である。
 MISIAのイメージ・フラワー、ひまわりを抱えた青年の顔に、横殴りの雪が降りかかる新横浜の夕暮れだった。
 ステージは、風や鳥、ウサギ、波といった彼女が好きなイメージを、白と黒の切り絵で、舞台の大幕に映し出すことから始まった。
 マイ・フェイバリット・シングスと、MISIAのナレーション。幕が下りれば、ダンサーとMISIAが飛び出してきた。
 曲は「Escape〜Change for good」「tell me〜BELIEVE」「Change for good〜I'm over here」とアップ・テンポにたたみ掛けていく構成で、満杯の大会場もすでに歓声に包まれている。しかしMISIAはまだノドを温めているようだった。
 彼女はダンサーたちと踊り、歌いながら、何かを探っている。それは、自分の今日のキックはどれほどの精度があるか見極めようと、白いボールに向かって一気にピッチを走り出したサッカー選手のような雰囲気だった。顔は笑っているのに、声はまだ硬い。
 MISIAの声に滑らかさが出てきたのは、ミディアム・スロウの「恋する季節」、スロウ・ジャムな感覚を乗せた「忘れない日々」という、前半の最後を締める2曲からだった。
 音域に相当な幅があることで知られるMISIAだが、彼女の特色はそれだけではない。彼女は、どのような曲調であろうとも、「引く」ところを見せない。「寄り道」をしない。その積極的かつ前向きなボーカルが、MISIAらしさであり、感動の核なのだろうと思う。
 ソウル〜R&Bに影響された彼女のボーカル・スタイルには、スカシなり、イナシめいたものもない。高い音域でも強烈に直球、低音域でも速球志向である。
 「小さい体なのに」とは、よく言われることだが、舞台に立つその小ぶりな体から、真っすぐに伸びるハガネのようなボーカルが生まれる瞬間を実際に目撃した時、その声のあり方とは、単に歌が上手だといったレベルを超えて、MISIAという歌手がどのように歌に賭けているのかを示す「決意」なのだということがわかる。
 まだ若い、青臭い姿勢だとも言えるだろう。しかし、これほどの高い技量をそなえた歌手が、老練や手練手管に背を向け、白い紙に一本の真っ直ぐな線を引くことにのみ集中できるというのは、素晴らしき若さのはずである。
 この現在22歳の歌手の「決意」が、「恋する季節」や「忘れない日々」など、本当の愛を求める歌の主人公のソウルとシンクロした時、舞台には、さまざまに配色を変える虹のようなものが見え始める。
 2部のオープニング、彼女自身のピアノ弾き語り「it's just love」からが、まさにそれだった。 ダンサー8人によるヒップホップ系のダンス・ショーが終わり、MISIAは、黒の衣装で登場する。
 1部が白、2部が黒。オープニングで、彼女が「私は白い風が好き、私は黒い風が好き…」とナレーションしていたことと、ドレスも対応させている。
 2部は、「it's just love」「Everything」「陽のあたる場所」「つつみ込むように」「I miss you〜時を越えて」と流れていった。これは、前半の二つのバラードでじっくり聴かせたあと、後半は、フィナーレのためのダンスものという構成だが、何より「it's just love」「Everything」の<泣かせ歌>が素晴らしく、これで当夜のコンサートは決まってしまったと言えるだろう。 
 特に、ボーカリストとしてmisiaが一つ異なるステップへ上った2000年秋の大ヒット「Everything」は、教会のステンドグラス風デザインをバックに、彼女の声の特質を存分にナマで堪能することができた。
 完璧だった、のではない。見事なほどに緊張感を持続させたのち、彼女は声を伸ばし過ぎたのだろうか、ラスト近くで、一瞬だけ「ビリッ」という厚紙を裂いたような声に変わったのは、鳥肌が立つほどのスリルだった。
 ナミの歌手が「外した」のではない。小さい体の豪速球投手は、それゆえに、どこかに傷を、ケガを負う可能性を秘める。薄氷を踏みながら歌を「うたえる」MISIAだからこその、緊迫感。2001年1月27日、横浜アリーナの大観衆は、これを味わったことになる。
 「THE TOUR OF MISIA 2001」。MISIAを盛り立てたバックは、コーラス(3)、サックス&フルート(1)、キーボード(2)、ギター(1)、ベース(1)、ドラム(1)、パーカッション(1)、ターンテーブル(1)、ダンサー(8)である。
 コーラス、キーボード、ドラム、ベースという基本部分のメンバーが山下達郎バンドと同じということも背景にあるのだろう、舞台での彼女の音楽性は、「MISIA=ソウル・ディーバ」というイメージよりも、(たしかにブラックではあるけれども)達郎や細野晴臣やユーミンなど彼女よりもずっと上の世代が開発した、ブラック・オリエンティッドな80年代以降のジャパン・ポップの王道をそれほど外れるものではなかった。
 70年代のフィラデルフィア・ソウル、サルソウル・レーベルほか、当夜に聞けたリズム・アレンジのルーツはそれなりに古く、すでに日本の音楽の中に充分に染み込んでいるテイストである。このあたりの分かりやすさと、ここ数年でようやく全国区となったヒップホップ的なテイストとのブレンドは、現在のブラック系、ディーバと区分けされる歌手の鉄則ようなものだが、さすがにMISIAは、一つも二つも歌に味わいが深かった。
 しかも彼女は、スロウだけが、あるいはダンスものだけが、いいのではない。
 アンコールの第1部(?)に用意された「SWEETNESS」ほかの、ややレトロ的にアレンジされたディスコ・チューンでは、先の「Everything」で、MISIAはバラードと感じた観客の思い込みを、自らが否定しなければならなくなるのである。
 それほど、ボーカルに切れがあるMISIAだった。
 アンコール第2部は2曲。自作の新曲「時をとめて」と「キスして 抱きしめて」。
 新曲は、4月に発売になるアルバム『MARVELOUS(マーベラス)』に収録される。これも、とてもいいバラードだった。     
(おわり)

( 2001/01/29 )

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