幻のレーベル「マルタカ」 by 藤田正
Marutaka Rec.
 1955年4月20日の日付が入った1枚の写真がある。
 前列左から3人目、スーツ姿の高良次郎を中心に、向かって左隣に照屋林山前川朝昭が、同じく右側に船越キヨ糸数カメが正面を見据えて座っている。彼らの後ろには和装の女性二人と、ネクタイに作業服姿という技術者らしき六名の男性が立っている。
Amazon.co.jp−『ベスト・オブ・マルタカ』
 写真には「琉球民謡 ビクター マルタカレコード 吹込記念ビクタースタヂオ」と記されている。マルタカ・レコードのファースト・セッションの時、東京のスタジオで撮影されたのがこの写真だった。高良次郎と船越キヨの間に座る男性は、どうやらスタジオの責任者のようだ。
 高良次郎は、マルタカ・レコードの創立者である。彼はこの時、30歳。沖縄に生まれた戦後最初のレコード会社「丸高」社長の、初々しい姿だ。
 沖縄にはもちろん、「マルフク(丸福)」という、今にも続く老舗のレコード会社がある。マルフクはマルタカよりも早く昭和のアタマの創業だが、当時の本拠は大阪だった。戦後、沖縄はアメリカの支配下となったから、マルフクは新しい人材を探そうにも「外国となった沖縄」」のミュージシャンには手が出ない状態が続いていた。
 戦争で壊滅状態に陥った沖縄が、ようやく立ち直ってきた当時、島の歌もまたようやくビジネスになろうとしていた。そこに登場したのが、このレコード会社だったのである。
 社長の高良次郎は、最初からレコードの制作をやろと思っていたのではなかった。
 次郎の息子である高良繁雄に聞けば、三線のたしなみもない人だったという。というよりも高良次郎は、とても真面目なビジネスマンだった。
 ウチナーンチュで「歌三線」ができないというと、本土の人には奇妙にうつるかもしれないが、それは違う。少し前まで「三線で遊ぶ」ことは、やれ不良だ、いや盗っ人と同じだとさえ言われていたのである。だから高良次郎が沖縄の歌にさして知識がなかったというのも、格別におかしなことではない。
 まして高良次郎は、那覇の小禄の出身である。彼は「遊び国」「歌の国」と言われた本島中部の人たちとは異なる文化で育った。そんな人物がレコード会社を始めるというのは、第1にそれほど沖縄の歌が望まれており、ゆえに、きっと商売になるだろうという読みが彼にあったからである。
 マルタカは、那覇の高良時計店の中に置かれた。高良時計店は今も、那覇の中心部、国際通りから公設市場へ向かう平和通りにある。
 高良次郎はこの場所で1950年(頃)に時計店を開いた。
 日本から輸入されてくる高価な新品を販売するよりも、傷んだ時計の修理や、GIから流れてきたアメリカの時計などをが商売の中心だったという。
 時計店があった市場通り(現・平和通り)は、沖縄における商売の中心地だった。高良繁雄によれば「当時の沖縄で町といったら、ここだけ」だった。通りには、さまざまな地域からやってきた人々が、いろんな買い物をするために集まった。
 ある日、時計店を開いた高良次郎の所に、一つの話が舞い込んだ。沖縄でレコードの販売をしてもらえないか、というのである。
 当時の時計店とは、現在の宝石店のような高級品を扱う場だった。時計店は、同じく高級品だった自転車、そしてレコード(SP盤)を店内に置いて商売することも珍しくはなかったから、那覇の目抜き通りに店を置く高良次郎の元へこのような提案がもたらされたのも不思議ではなかった。
 冒頭で書いたように、沖縄音楽専門のレコード会社としては昭和の初めからマルフク・レコードが営業をしていた。高良次郎は、大阪にあるマルフクの総代理店となって、那覇をベースに商売できないか、と考えたのだった。
 交渉が始まった。

( 2004/02/18 )

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