「赤坂の」
十月十日(水)
赤坂といっても赤坂はこの日の本にたくさんあるのだろうけれどぼくがシャンプー持っていそいそと出かける赤坂はひとつしかない。赤坂の風呂。ガキのころから知ってる赤坂の風呂屋は、さいきんはミニサウナもあって、薬湯もふくめて浴槽は三つ、天井は高くて、お客さんはいついってもほんのちょびちょびで、五百円出せば一三〇円がもどってくる。きれい。かんぺき! ちかごろは郊外風呂屋だなんだとそんなものが流行ってはおるようだがワシは知らんがな…わざわざ高いカネ払ってよ、わざわざ車でなぞででかけて、そんなんで何が嬉しいんだろ〜と、思いながら、にやにやと赤坂の風呂につかっている。地元で、風呂! 後楽園の、あれスパっていうんかな、その人ごみばかりのでかい風呂屋に行ったことがあるけど、東京のど真ん中だから空気は悪いし、なんだか汚いし、もちろんずいぶん値段はご立派だし、ああ赤坂、ミ・アモーレ! って感じだった。
この赤坂の風呂で、人がいないことを幸いにぼくは練習曲をウナってる。その「安里屋ユンタ」からしばらくすると「目ン無い千鳥」になって、あれと思うと「ゲットバック」に変っている。変ったついでにどれほど変るのかなと思って知ってる歌をどんどんくっつけていくと、これが難しい。作為的に自分を盛り上げようとする「邪念」みたいな感情がどこかにあると、歌はシラケてしまうのだな。だから感情をニュートラルにして、さあもう一度と試してみるのだが、やはり作為の気持ちはどこかにあって、それを払拭するためにあーだこうだと「空にぃ」「へい」「指輪がいたい〜」などと首をふったり手を振り上げたりしてたらサウナ室で死にそうになった。