ライブ・レポート 文楽「曽根崎心中」
写真提供:国立劇場
 2001年5月、東京の国立小劇場で行なわれた人形浄瑠璃・文楽公演は、普段にも増して熱気にあふれていた。演目は「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」が第1部、第2部が「玉藻前曦袂(たまものまえあさひのたもと)」と「曾根崎心中」である。
 特に「曽根崎」は、吉田玉男(写真左)と吉田簑助(右)という二人の人間国宝が3年ぶりにこの人気演目で共演するとあって、珍しいカーテン・コールまで行なわれた日(5月12日)もあった。
 「曽根崎」は、近松門左衛門が18世紀に作った世話物の傑作。遊女「お初」と恋人の醤油屋の手代「徳兵衛」が、徳兵衛によるカネの貸し借りをきっかけとして、身の潔白を世間へ知らすために二人で心中するという物語である。もちろん、玉男は若い雛男(ひなおのこ)徳兵衛を、簑助はお初である。
 (写真は「曽根崎心中」天満屋の段)。
写真提供:国立劇場
 久しぶりに二人が出会う「生玉社前の段」の、徳兵衛の登場からして素晴らしかった。
 カネの算段に奔走していた徳兵衛が、お初に会いたくてたまらず生玉へやってくる。その心落ち着かない様子が、差し出された彼の手の所作一つだけでも充分に表わされている。
 お茶屋から駆け出してくるお初が、徳兵衛の膝にそっと手を置き嘆く場面も、これがまたたまらなく美しい。
 会場は、たった数分のこの初めの部分だけで完全にノックアウト状態だった。
 騙し取られたカネであるのなら、あなた二人で死んで潔白を主張するのよ、と足で徳兵衛に心中を迫る有名な「天満屋」の場面も、これまで何度も観たが、言葉を失うほどだった。そして、ついに遊郭を抜け出し死へと向かう「天満屋」最後の見得の切り方も、歌舞伎など生身の人間の舞台にはない「神々しさ」が感じられたのである。
 そして舞台は、クライマックスの「天神森の段」へと切り替わる。
 (写真は「曽根崎心中」天神森の段)。
 二人だけの天神の森。
 そこは火の玉も飛び交う、地上と天上の分かれ道である。
 「この世の名残、夜も名残。死にに往く身をたとふればあだしが原の道の霜。ひと足づつに消えてゆく夢の夢こそ哀れなれ」
 短いながらも二人が背負った人生を、立ち切りながら、お初徳兵衛は死に場所を捜して森の奥へ奥へと進んで行く。
 悲しみをじっくりとうたい込む浄瑠璃に操られながら、二人は生のすべてをかけて舞う。
 その姿は、この世のものとは思えないほどの美しさだった。
 
 たかだか人形、という意見はよくあるけれど、日本の芸能の源流は「あやつり」にある。
「あやつり」にしかできない深淵な世界を、今に、しかもダイナミックに伝えるのが文楽である。第135回国立劇場文楽公演も、その凄さを教えてくれたライブだった。
 (取材、2001年5月14日)
 文・藤田正(Beats21)

( 2001/05/24 )

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