反ブッシュでグラミー受賞のカントリー3人組:『テイキング・ザ・ロング・ウェイ/ディキシー・チックス』
Sony Music
 ディキシー・チックスはテキサス出身の女性三人組だ。アメリカにはカントリー&ウェスタンという白人音楽があるけれども、彼女たちはその世界の出身で、これまで三千万枚ものセールスを記録しているという、かの国では大変に有名なグループである。
 このディキシー・チックス(南部出身の若いオネーチャンたちという意味)、米国では社会的にも話題になったことがある。〇三年三月のこと、ロンドンの舞台上で、メンバーのナタリー・メインズが「合衆国の大統領が(同郷の)テキサス州出身で恥ずかしい」と発言したのだ。つまり、四年前という時点で、南部の白人層に圧倒的な支持を得る人気バンドが、ブッシュ大統領が主導するイラク侵攻を正面きって批判したのだった。 
 二〇〇三年三月一九日、ブッシュ大統領はかねてからの警告どおり空爆を開始した。「イラクの自由作戦」と名づけられた戦争。ベトナム戦争よりもさらに非道な無差別殺人の始まりだった。ディキシー・チックスのボーカリストが「私たちはこの戦争、この暴力を望まない。そして…」と発言したのは空爆にむけて緊張が高まる三月一〇日のことである。
 ステージでの発言がメディアで紹介され、コトは一挙に社会問題となる。
 ディキシー・チックスは、反響がヨーロッパ・ツアーを続ける自分たちにも聞こえてきた三月一二日、英国の放送メディアに対して正式な声明を出している。
 曰く、「私たちは軍を支持をするものの、イラクと戦争するという考えや、そしてそれによって罪もない命が奪われるという予測を超える恐怖はない」
(ナタリー・メインズも言っているように)「大統領は米国の多くの人々の意見を無視している、米国以外の世界を遠ざけている、と感じている。私(=メインズ)のコメントは落胆から出た言葉。そして、アメリカ人が持つ権利の一つは、自分の考えを声に出すのは自由だということ」
 明瞭なコメントであり、実に的を射た三人の意見である。
 だが、予想どおり「ラジオ局に怒りの電話が殺到し、彼女たちのボイコット運動が始まった」「いやがらせや脅迫の手紙が多数届き、身の危険まで心配される状況になった」(以上、五十嵐正氏によるCD解説から)…と、以後チックスの環境は厳しいものへと一変することになった。
 ただ一つ面白いのは、大バッシングにもかかわらずチックスの人気は衰えることがなかったということだ。彼女たちの態度も毅然としていた。これが日本であるならば、靖国神社や安倍首相の「美しい国」キャンペーンを公然と批判する人気グループなんて、一発で潰されることだろう。

Entertainment Weekly(May 2,2003 issue)
 そしてチックス、昨年(二〇〇六年)、注目の作品を完成させたわけである。アルバム『テイキング・ザ・ロング・ウェイ』をここに紹介するのは、さまざまな脅迫にさらされながらも自分たちの主張を曲げないグループがアメリカにいることを知ってもらいたかったからで、さらにチックスは、本作で今年のグラミー賞で主要三部門(総計五部門)を獲得したのである。
『テイキング・ザ・ロング・ウェイ』は、大統領批判後の彼女たちが、さらに一歩前へ進み出た姿を知ることができる優れた作品に仕上がっている。
 アルバムからの最初のシングル「ノット・レディ・トゥ・メイク・ナイス」には「言われるままいい子にはなれない、撤回する気にはなれない、わたしは今もめちゃくちゃ怒りまくっているし、いろんなことに付き合っているほど暇じゃないの、かたをつけようにももう手遅れ」とあって、あの騒動への返答が歌われているようだ(対訳、中川五郎氏)。威勢がいい、というよりも、堂々とした歌声だ。
 このアルバムには、表現者(ミュージシャン)としての道を選んだ自分たちの責任が、色濃く表われた歌がいくつもあって、例えば1曲目の「ザ・ロング・ウェイ・アラウンド」は、毎日各地を旅する自分たちの普通ではない人生を、でもそれが私たち三人なのだと歌う(そしてここにも「世界のてっぺんが音をたてて崩れ落ちてから、もう二年になる」という意味深な言葉が出てくる)。
 またこんな歌もある。チックスの三人は、それぞれが家庭を持っているそうだが、周囲から女性として子を産むことを期待され、しかしそれがなかなか果たせないことへの苦しみを語るのが、実録ものの「ソー・ハード」。
「当然のことなのよね、女として生まれたからにはそうするのが、自然な願いよね、わたしとあなたの愛の結晶を見ようとするのは」
 キリスト教はわたしを救うことはできなかったと歌うダンス曲「ラボック・オア・リーブ・イット」も注目。これは現代アメリカ社会への批判だろう。
 何が起ころうとも自分は信じる道を進む。ブッシュのテキサスに、ディキシー・チックスがいる。     (文・藤田正/月刊『部落解放』2007年6月号の原稿に加筆)
 *注:『Entertainment Weekly』の表紙は、ビッグな騒動をすかさず逆手に取る米・芸能界の凄さを物語る。身体にプリントされた文字にご注目)

amazon-『テイキング・ザ・ロング・ウェイ/ディキシー・チックス』(ソニーのカタカナ表記は、「ディクシー」です)

( 2007/06/02 )

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